2018年4月9日月曜日

春の日や、あの世この世と単車を駆り


 別に死んだわけではない。
 犬山祭りに行ってきただけだ。
 
 けっこう、酷いことがあったけど、私は健在です。

 
   LeicaM240+SUPER ROKKOR 50mm F2



 空は青いが、とても寒いぜ。

   LeicaM240+SUPER ROKKOR 50mm F2



 ちなみに、これ、カラー撮影だぜ。信じられるか?

   LeicaM240+SUPER ROKKOR 50mm F2



 幼き日の思い出 あなたの手はとてもとても小さかったのだ。

   LeicaM240+SUPER ROKKOR 50mm F2



 ホールドアップ

   LeicaM240+SUPER ROKKOR 50mm F2



 ひょっとしたらライオンのつもりなのかもしれない。
 或いは、本当にライオンのつもりだったのかもしれない。
 答えは今となってはわからないが、私はライオンを見たような気がする。
 つまり、なんだ、その、ライオンじゃね?
 
   LeicaM240+SUPER ROKKOR 50mm F2



 犬にだって表情はあるものだ。
 ちなみに私は昔、犬を飼っていたことがある。

   LeicaM240+SUPER ROKKOR 50mm F2



 犬山祭りは山車が有名だが、普通の神輿だってあることを忘れてもらっては困る。
 具体的にどう困るのか、言わないところがミソだ。
 つまり、あれだ。どんなものにだって、ミソと理屈はつけられるものなのだ。

   LeicaM240+SUPER ROKKOR 50mm F2



 春の日差しに見えるだろ?でも、真冬のように寒いんだぜ?

   LeicaM240+SUPER ROKKOR 50mm F2



 柴犬。きっとポチとか、個性の感じられない名前に違いない。
 ちなみに私の飼っていた犬はコロという名前だった。

   LeicaM240+SUPER ROKKOR 50mm F2


 
 SUPER ROKKOR 50mm F2はズミクロンのデッドコピーだけあって、ピント面のシャープネスは優れている。
 ほかはしらぬぞんぜぬ。

   LeicaM240+SUPER ROKKOR 50mm F2



 このレンズは以前に持っていて、いちど手放したがまた戻ってきた。
 今度は手放さないように使っていきたい。

   LeicaM240+SUPER ROKKOR 50mm F2



 どんでんはこのようにして行われる。

   LeicaM240+SUPER ROKKOR 50mm F2



 どんでんでん。

   LeicaM240+SUPER ROKKOR 50mm F2



 どーんでん。

   LeicaM240+SUPER ROKKOR 50mm F2



 どんでんだって言ってんだろ!オラ!

   LeicaM240+SUPER ROKKOR 50mm F2



 はい、おつかれさま。こんなに一度に写真を見ると疲れるでしょう?
 そろそろブラウザバックしていいのよ?

   LeicaM240+SUPER ROKKOR 50mm F2



 そうか、全部か、全部みたいのか。

   LeicaM240+SUPER ROKKOR 50mm F2


 
 この中にろうそくを装填する作業が続いている。
 ちなみに着火はチャッカマンで行う。
 今、自分で書いてみて驚いたが、チャッカマンってそういう意味だったんだな。

   LeicaM240+SUPER ROKKOR 50mm F2



 たぶん、意図してはいないと思うが、恐ろしくアートな何かがあった。

   LeicaM240+SUPER ROKKOR 50mm F2



 私は電波塔になりたい。

   LeicaM240+SUPER ROKKOR 50mm F2



 日が落ちるとチャッカマンでろうそくに着火する。
 うわああああ、チャッカマンだーーーー!とか、唐突に職場で叫んだりしたら、さぞかし面白いかも。

   LeicaM240+SUPER ROKKOR 50mm F2



 蝋燭の火は揺らめいていとてもいいよ。
 電気とは一味違う。エレキの味も悪くないけどさ。やっぱり、アンペアが違うよ。

   LeicaM240+SUPER ROKKOR 50mm F2



 ちなみに、この後、寒さに震えながら単車で走って帰りました。

   LeicaM240+SUPER ROKKOR 50mm F2


 ところで、全然関係ない話だが、

 その知識、本当に正しいですか?という記事を見た。
 アラーキーの写真集は私も持っているので非常にショックである。
 芸術が人を不幸にするものではあってほしくない。
 アラーキーはこの件について何らかの釈明をすべきだと思う。そうしたところで、写真の良さが失われるわけではない。



 今日はこんなところで




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